PRIM SPARTAK 70th Hand Wind

 1889年にポーランドとの国境近くにあるブロウモフ(Broumov)という町にはじまったクロックづくりは、プリムの歴史の一部であり、1949年に国営の腕時計製造部門として独立したプリムの旧本社社屋は、スロバキア共和国と
分断した今日でもノヴェー・メスト・ナトゥ・メトゥイー(Nove-mest-nad-Meuji)の街に存在します。


そして、今日もムーブメントを始め、ケースや文字盤、針に至るまで、垂直統合の完全自社一貫生産を行っている
数少ないメーカーです。

また年産1500本(自社ムーブメント製品)という根底には、隣国ドイツへの卓越した工業技術の範例に他なりません。

そして、首都プラハのランドマークとして現在も尚、時を刻み続けいている旧市庁舎の天文時計が製造された1410年から、この国にはクラフツマンシップの精神が根底にあり、その伝統をプリムも受け継いでいます。

2019年のミュンヘンタイムで発表された『スパルタク 70th ハンドワインド』は、2019年でプリム創立70年でもあり、『標準』を意味する“スパルタク”は、センターセコンドのオートマチックモデルに変更されていますが、当時のディテールやデザインを復刻し、そして発売当初のスモールセコンドCal.50を遥かに凌ぐ、手巻式のスモールセコンドキャリバーCal.103を搭載し、70本限定の生産で発表されました。

しかしミュンヘンタイムで即完売となったため、日本からのオーダーは間に合わず…だったのですが、輸入元よりプリム本社の海外マーケティング担当の某女史にお願いして貰ったところ、今回だけなら…ということで、特別に2本受注頂けました。

これはそのうちの1本です。

また今回このモデルには、通常12地位置にプリントされている“PRIM”の位置に“SPARTAK”と、6時位置のスモールセコンド外周には“NOVÈ MÈSTO NAD METUJÌ 1949-2109”と、プリム本社がある地名と、創業から今日に至るまでを意味する年号がプリントされており、プリム社として国外に輸出されて初めての歴史的な記念モデルです。

 スペック

◇ケース素材:ステンレススティール

◇ケース外径:39mm

◇ケース厚:11.7mm

◇ケースバック:トランスパレント(サファイヤクリスタル)

◇文字盤:アイボリーカラーダイヤル(ボックス型)

◇針:リーフ針

◇ムーブメント:手巻き式スモールセコンドムーブメント(Cal.103)

◇風防:ボヘミヤンサファイヤクリスタル(ボックス型)

◇防水:30m

◇ベルトタイプ:カーフレザーストラップ(TLUSTY&Co.,Ltd Leather)

¥600,000(税別)

小柳時計店
Tel: 0744-22-3853
HP contact: https://www.koyanagi-tokei.com/contact.html

《チェコ唯一の腕時計メーカー“プリム”を知ってますか?》

《チェコ唯一の腕時計メーカー“プリム”を知ってますか?》
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チェコ共和国の首都、プラハは、クラシック音楽の街…やボヘミアンクリスタル、そしてやはり最も有名なプラハ歴史地区は、1992年にユネスコ世界遺産にも登録されており、独特な建築や芸術面が魅力で世界各国からの観光客が絶えないことでも知られています。

その観光地プラハから車で北に約2時間、ポーランドの国境にほど近い山間の町〈ノヴェー・メスト・ナト・メトゥイー〉にプリムの工場はあります。
〈プリム〉は、1946年に国営企業として製造を開始し、当時は腕時計だけでなく目覚まし時計等も製造し後に1990年の民営化になり徐々に3D CADシステムやCNC工作機や旋盤機なども導入し現在の生産体制にまで拡張して来ました。
ドイツ等の隣国の同じ中央ヨーロッパでありながら、フランスやスイスにも輸出すること無く、独自の体制で生産し続けてきた〈プリム〉は、近年ドイツやスイスのそれに視るマーケティング手動型とは異なった、かつての“ヨーロッパの時計とは…”という時代がここにあったように感じました。

上の画像はプラハ駅…ドイツから約7時間電車に揺られて移動…。プラハ駅に到着した時は辺りは真っ暗になっていました。駅からタクシーで移動…。観光名所のひとつ、カレル橋の近くにあるホテルに初日は宿泊…。遠くにプラハ城がライトアップされてとても幻想的です。

プリムの本社、エルトン社がある地、ナーホトにはビール消費世界一のチェコ人で最もポピュラーなのがピルスナーウルケル〈PILSNER URQUELL〉だそうですが、観光地以外などで地元の方々に最も愛されているビールは、1872年創業のプリマートル〈PRIMATOR〉だそうです。

エルトン社の計らいで工場内の見学やピルスナー、エール、スタウト、ラガーとそれぞれのテイスティングもさせて頂きました。現在では糖分を気にされる方も増えて来ている為、糖度を抑えた種類も作っておられるそうです。
私はあまりビールが得意では無いので味の違いは分かっても美味しさはイマイチ分からなかったのですが、恐らくビール好きにはたまらない見学だろうと思いました。


JanLetzel

ヤン・レツル (JanLetzel)

 

ヤン・レツルさんは、1880年-1925年に生きられたチェコ人建築家で、日本でも馴染みの深い建築を多数携われた方で、最も有名な建物が1915年建築された広島県広島市にある“広島県産業奨励館(広島県物産陳列館)”、現在の〈原爆ドーム〉です。
彼は、日本に多くの素晴らしい建物を建てられた、当時でも数少ない日本に貢献された海外の建築家です。

ナーホト郊外にある【ヤン・レツル土木建築専門学校(VOŠ a SPŠ stavební )】で現在でも多くの学生が土木や建築についてここで学んでおられます。

 

 


現在郵便局として使われていますが、かつてのプリムの工場で、現在はこの何倍もの大きな敷地で直ぐ近くに移転されました。

現在の本社工場で、今回お邪魔した際に、とても快くまた暖かく迎え入れて頂きました。

その後工場内を案内頂き、ケースや裏蓋の切削や仕上げの行程から、NC旋盤での地板の削りだしやら、勿論、細かなパーツの切削に至るまで一連の製造行程を見せて頂きました。規模としては、約50名のスタッフが各部門に分かれて従事されていました。

ここでは、主に中三針の手巻き式ムーブメントと自動巻きムーブメントが製造されており、ブリッジの形状からはドイツ製時計と酷似した作りですが、同社初の機械式ムーブメントはフランスの名門メーカーを手本にしているとのことでした。

エルトン社では、ムーブメントだけでなくケースやリューズ、文字盤や針などの外装パーツまで自社で製造しており、細かく工場内で説明して頂きました。また風防にはチェコ特産のボヘミアングラスの工房が手掛けるサファイヤクリスタルを採用しています。

また文字盤の制作手法としては、一旦文字盤にインボス加工を施し、その上からプリントする手法を取っているゆえの説明も頂きました。

それは、『なぜアプライドの植字にしないかというと、植字には必ず足(支柱)が立っており、文字盤を貫通させてその裏側を必ず特殊な接着剤で取り付ける訳ですが、いずれその接着が劣化する恐れがあることを考えた際に、欠落する欠落する可能性のある手法を避けています。
当社の文字盤はあえてエンボス加工を施したインデックスにプリントを施すという手間の掛かった作業を行っています。それにより植字の風合いを出しながら、永年インデックスの欠落を起こさない文字盤を作り続けています。』との事だそうです。

時を刻む要であるヒゲゼンマイも自社でひとつひとつ取り付け調整を行っています。

“IGEN”(スポーツウォッチの原点を意味する「Sport of First Generation」“1st GEN”の省略)というスポーツモデルをベースに、時計を通じてチェコの人たちと親交を深める為に、チェコ製の時計に日本の国旗のカラーである真紅の文字盤を依頼し、日出る国のイメージとして名付けられた“レッド・サン”は、古き好き時代を彷彿させるモデルです。
その後完成したモデルがこちらです。チェコとして初となる限定モデルで、エルトン社としてもとても意義深いモデルとなったそうです。

【PRIM RED SUN  Ref.IGRS.37.RD  自社製自動巻きCal.94/直径37mm/6気圧防水/48時間リザーブ/21600振動/日本限定10本/¥410,400(税込)】

かつて販売されたヴィンテージウォッチも修理調整され、自社のコンピューターに登録管理されています。
過去に販売した時計の修理をしっかりと行う体制に誠意を感じました。
それぞれのフロアは、大手スイス時計メーカーのような“魅せる”という演出は無く、質素かつ丁寧におこなわれている印象を受けました。それは、永年時計作りに携わって来た機械や工具たちが達がそれを物語っていました。
その夜はナーホトにて宿を取って貰っていたのでゆっくりとして、翌日はプラハに戻り少し観光を…